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演劇集団キャラメルボックス 2008ハーフタイムシアター 『ハックルベリーにさよならを』 『水平線の歩き方』 7月6日(日)~7月13日(日) 合同取材
演劇集団キャラメルボックス 2008ハーフタイムシアター『ハックルベリーにさよならを』『水平線の歩き方』
の合同取材が5月21日、大阪市内で行われました。取材にはキャラメルボックス製作総指揮の加藤昌史氏、
それぞれの作品に主演する『水平線~』岡田達也さん、『ハックルベリー~』實川貴美子さんが出席して開かれました。
通常の120分の公演時間を、半分の60分で突っ走る「全編がクライマックス」のハーフタイムシアター!
演劇未体験の方や、お仕事がお忙しい方でも気楽に見て頂ける作品だそうです。
實川さん 「高校1年生の時に『ハックルベリー~』のビデオを見たのが、演劇の世界に入りたいと思った
きっかけになった作品のひとつです。それに参加できることを嬉しく思います。もちろんプレッ
シャーはありますが、主人公の小学6年生の男の子ケンジを通して、いろんな人に共感して
頂きたい。そんなケンジをひとりの人として演じられたらいいなと思っております。」
岡田さん 「『水平線~』は今現在の脚本・演出成井豊の思いが全て詰まった母と息子の 物語が主軸の
作品です。短い上演時間に内容が凝縮されている分、高い集中 力もいるし、精神的にも体力
的 にも全力で走る短距離走のようなものです。
『ハックル~』は1991年に劇場で観て感動し、キャラメルボックスへの入団を 決心した人生
の転機になった作品です。60分で泣いて笑ってという上演形態 はエンターテイメント性の高
いキ ャラメルの作品にはとても合っていると思いま す。
演劇はちょっと敷居が高いと思われている方 には、この作品からはいって 頂けると嬉しいなと
思います。」
加藤氏 「両作品とも親子の姿を描いた作品なので親子連れでも是非見に来て欲しい。」と公演を
アピールされました。
その他、小学生のお子さま連れの方にプログラム「トーク&フォトブック」のプレゼントや、公演当日にチケットぴあで発売されるハーフプライスチケット、クラウンプラザ神戸のレストラン・バー「Level 36」「The BAR]とのコラボレーション企画第4弾で登場するイタリアン特別コース&オリジナルカクテルなど内容も盛りだくさんです!! そんな魅力いっぱいのキャラメルボックスの舞台をまだ一度もご覧になったことの無い方は、是非劇場まで足をお運びください!!
公演の詳細はこちら
2007年11月15日~18・20~22日
みんな、なにかに、憑かれてる
演劇集団キャラメルボックス『トリツカレ男』
穏やかでのんびりとした時間が流れるイタリアの田舎町。この町のレストランでウェイターとして働いている一人の若者、ジュゼッペ。すぐに何かに取り憑かれ、一度憑かれると周りの物が見えなくなるくらい、ひとつのことに熱中してしまう彼を、仲間たちはこう呼んでいた。「トリツカレ男」と。今、ジュゼッペが取り憑かれているのは三段跳び。今日も仕事そっちのけでより高く、遠いジャンプを目指して練習に明け暮れる彼が出会った風船売りの少女、ペチカ。彼女との出会いは、ジュゼッペに新しい「トリツカレ」をもたらすことに……。
いしいしんじ氏の原作を元に、演劇集団キャラメルボックスが神戸に運んでくれた、少し早めのクリスマス・プレゼントは、ひとつのことに桁外れに夢中になってしまう人間が、人を愛することに取り憑かれてしまったらどうなるだろうか、というテーマを、切なくも感動的にうたいあげていく。だからといって重たいだけのお芝居というのではなく、時に軽妙な笑いや、ダンスやカーニヴァルのパフォーマンスといった視覚的な効果も充分。いかにもキャラメルボックスのお芝居らしく、お芝居前から観客の注意を舞台に惹きつけ、その興味を途切れさせないまま公演にと導いていく手腕の確かさも健在だ。
何かに取り憑かれるということは、取り憑かれた対象を深く知り、そのものの奥底の真実に近づいていくということ。ジュゼッペはこれまで、オペラ、探偵、昆虫採集、外国語と、様々なものに取り憑かれ、それらを深く深く掘り下げ、多くの物事を知り、いくつかを自分の血肉とすることにすら成功してきた。そう、一方的に熱中できる「もの」であれば、ジュゼッペの情熱も迷うことはない。だけど、取り憑かれた相手がもし、自分と同じようにさまざまに揺れる気持ちを持った「ひと」であった時、彼の「トリツカレ」が成就するための条件とは何になるのだろうか? もしかしてそれは時に、ひどく厳しい現実を引き寄せることになってしまうのではないだろうか?
普通の人間ならそこで「常識」が頭をもたげ、予想される悲劇を回避することも出来るのだろうけれど、取り憑かれたら最後のジュゼッペにはそんな器用なことは出来るはずもない。そんなジュゼッペを見守る家族や同僚、ジュゼッペとだけ会話できるハツカネズミのトトたちも、はじめはジュゼッペの無鉄砲なまでののめり込みっぷりに呆れつつも、いつしか彼の純粋で迷いのない姿に打たれ、自分たちの心の奥底に潜んでいた「トリツカレ」の存在に気づいていく事になる。
人はみな、多かれ少なかれ何かに取り憑かれて毎日を過ごしている。それは意識しようとしまいと、その人の人生に大きな影響を与えずにはおかない。それを隠して、上手く立ち回って生きていくのが、言ってみれば「大人」な対応なのだろうけれど、では、人からなんと見られようと、憑いてきたものに対して、なぜ自分がそれに憑かれてしまったのか、そこにどんな意味があるのか、どうすればその奥底にある深い意味を読み取ることが出来るのか、時にもがき苦しみ、無様な姿をさらすことになっても真剣にそれと向き合っていく姿ってのは無駄で格好の悪いことでしかないのだろうか? そこのところをどう思うかね? という問いかけを突きつけられたような気持ちにさせられる。その気持ちは、決して辛い方向に向うものではない。繰り返されるカーテンコールに私たち観客が込めた思いは、今この瞬間、同じ物に「トリツカレ」たことへの喜びと感謝であったのだろう。
【キャラメルボックスHP】
http://www.caramelbox.com/
text /Osamu Kato
2007年10月7日~8日
やさしくて少しなつかしい、大人たちの夏休み…
「郵便配達夫の恋」
夏の終わりには、沖合に鯨たちの姿も見られる、灯台の島。都会の暮らしに少し疲れ、母の一周忌を口実に、あかりが久しぶりに訪れたふるさとはそんなところ。昔と変わらぬ祖父との間でゆっくりと流れる時間の中、母の遺品を整理していた彼女は、その中に投函されなかった一通の手紙を見つける。手紙の宛先には、島の郵便配達夫として日々誠実に職務をこなす森尾の名前、そしてその手紙の中には、母から森尾に向けた、深い感謝と親愛の情がつづられていた……。
鈴木保奈美の主演で話題となった初演以来、10年ぶりの公演となる本作品は、主役のあかりにオセロの中島知子、郵便配達夫の森尾に辰巳琢郎、あかりのマネージャーに、演劇集団キャラメルボックスの西川浩幸、あかりの祖父に劇団☆新感線の逆木圭一郎という、実力派と個性派で揃えられた4人の役者によって演じられる、静かな哀しみとやさしさの交錯した舞台。開演前から劇場内に流れる波の音、いかにも小さな島である様子をイメージさせる坂道、時に家の、そしてまた時には沖合の漁り火をもイメージさせてくれる小さな照明など、セットや音響への気配りも行き届き、落ち着いた舞台が創り出されていた。
東京で歌手として活躍しているあかりだが、その生活の公私に渡って大きな影響を与えてきた、とある人物との間の関係性に、昔ほどの確信が持てなくなってきている。悩みと迷いばかりが心を支配するようになってしまい、逃げ帰るように戻ってきたふるさと。ゆったりと時間の流れる島の生活が与えてくれた、ささやかな「癒し」は、あかりにとってかけがえのないものではあったのだけれど、それは彼女が抱えている悩みのすべてを消し去ってはくれない。そればかりか、あかりにとっては、すべてを投げ出して飛び込めば良いだけの場所だと思っていた場所すらも、決して単純に時の流れに身をゆだねていれば良いだけの、自分本位な楽園ではなかったことがわかってきたことで、一旦は落ち着きを取り戻しかけた彼女の心にも、新たな波紋の元が生まれていく…。
本当のことではないのなら、本当のことを知れば物事は解決するものなのか、真実の反対にあるのは常に嘘だけなのか…。そんな、切り方次第ではいくらでも重くなるテーマに、静かに、そしてゆったりと取り組んでいくのがこの舞台。取り立てて大上段に構えるわけでもなければ、派手な愁嘆場があるわけでもない。登場するごく少数の人々の心の中にあるさまざまな想いは、時にまだるっこしさを感じるほどに伝わるまでに時間がかかってしまう。そう、まるで森尾が毎日配達している手紙のように。だが、その「間」の中にこそ、人がじっくり練り上げ、かたちにしていく想いの元が存在しているのかもしれない、という気持ちにさせられる。
奔放さと繊細さを併せ持つ女性に中島知子。その人となりが、折り目正しくきちんとした姿勢からも見て取れる辰巳琢郎、悠然とした好々爺として存在感を見せる逆木圭一郎、そして比較的まじめな立ち位置にある3人と絡み、笑いを引き出す西川浩幸。4人の控えめながらも確かな演技から引き出されるもの、それは自分にとってはすでに過去のものであるはずの、「終わりの近づいた夏休みの日々」の感傷。ちょっとむず痒いそれを心の隅から引き出され、もう一度展開してみせられることで感じてしまう、少しばかりの気恥ずかしさを含んだ限りない懐かしさが、見終わった者の心にしみじみと浸っていく。text /Osamu Kato








