新神戸オリエンタル劇場
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劇団道化座『父の遺産』
『家族』
それは、
この世に生を受けた瞬間に
触れるぬくもりであり、
生涯に渡って支えあう
深い絆である。
定よりかなり早く劇場に着いた私は、広いホールを見て感嘆の声を漏らした。そして、少し不安になった。「平日の夜に、これ程広いホールが観客で埋まるのだろうか?」
観客はまだ数えるほどしかいない。
なだらかに続くスロープを下りながら自分の席を探す。ステージにほど近い前列のシートに着くなり、私はパンフレットに記されたあらすじに目を落とした。

つては海の男として勇名を馳せた大村源吉。
船を降りた今では、一人娘の明子や孫達と暮らす老後を送っているが、海の男ゆえの気性の荒さは健在だ。
ある日、気の短い源吉の口の悪さが引き金となって一家総出の大喧嘩に発展。大論争の末、源吉は家を飛び出し、妹の住む飛騨高山へと向かったのだった。ところが、その高山で源吉は病に倒れてしまう。
知らせを受けた明子は、取るものも取りあえず急いで飛騨高山へと向かう。そして、駆けつけた病院で明子は、父の「遺産」をめぐるとんでもない話を聞くことになる。

演時間が近いことを告げるアナウンスが流れた時、私は場内のざわめきに気が付いて後方を振り返った。いつの間にかそこには、たくさんの観客の顔があったのだ。
年齢層はやや高めだろうか。親子連れ、家族連れとおぼしき姿が見て取れる。一階472席のほとんどが観客で埋まり、皆が開演の時を待っているのだ。やがて、開演を告げるブザーが鳴り響き、緞帳(どんちょう)がゆっくりと上がっていく。

台となるのは、どこにでもあるような一軒の定食屋を営む家族である。
少し偏屈な源吉老人はその言動を家族からたしなめられるが、聞く耳を持たず大喧嘩を始めてしまう。
喧嘩の最中、源吉老人をからかう孫たちの言葉にはトゲがあった。そして、それに返す源吉の言葉も中々辛辣なものだ。それでも、お互いに悪意のようなものは感じられない。長く一緒に暮らしたために、こうした言葉も馴れ合い一つとなっているのだろう。皮肉や悪口の応酬も、関西弁のイントネーションがどこかコミカルなやりとりに変えてくれている。不思議と微笑みがこぼれる大喧嘩は、源吉の家出をもって幕を閉じることとなる。

「すぐに平気な顔して帰ってくるやろ!」
そう考えて源吉の帰りを待つ家族は、源吉の急病を聞いて驚愕した。
一緒に居て当たり前だった人が、突然儚い存在になる。
11年前に大震災を経験した神戸の人々は、それが日常と隣り合わせにあるものだと知っているのだ。
一命を取りとめた源吉を、家族は安堵の表情で迎え入れる。だがそこには、新たに家族となる源吉の若い「遺産」も一緒だった…。
源吉の急病を期に『家族』について考えさせられた孫達はこんこんと話し合った結果、源吉の「遺産」を受け容れることに決めた。家族は、共に支えあうことを選んだのだ。

手な衣装、原色が入り乱れるスポットライト、魅惑あふれるダンス。「演出」とは、ともすれば幻想的な世界観や壮大なストーリーのことだと思われがちだ。しかし道化座の舞台には、普段着の人間がいて、飾らないセリフを口にする日常があるだけだ。大きな舞台の上で、家族という小さな共同体の物語が紡がれるだけだ。たったこれだけなのに、どうしてこれほど多くの拍手が鳴り響くのだろうか?
なるほど。劇団道化座が仕掛ける最大の演出は、誰にとっても身近な世界ゆえの「感情移入」なのだ。舞台を彩るのは役者のみならず、観客一人ひとりの心なのだろう。
観客のいない演劇などあり得ないし、その逆もまた然りである。劇団道化座のお芝居は、観る側と演じる側に共通する、人間を描いた小さくて大きな物語なのだ。
text / Yugo Makimoto

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