1989年に初演され、その刺激的な内容で話題を集めた花組芝居「かぶき座の怪人」。2001年には、共同脚本家に福島三郎氏を迎え、人間ドラマの部分を大きく充実させた内容で再演。その作品を、さらに現代風にアレンジしたのが今回の公演だ。

常に浮き名を流しながらも、芝居に対しては一切妥協をしない新劇女優、八重子(演・加納幸和)。伝統と革新のはざまで悩み、傷つく若手の歌舞伎役者達(演・小林大介、嶋倉雷象)。かつて八重子ともなにがしかの関係を持ったこともあるけれど、今は歌舞伎界の重鎮の地位にあるその親たち(演・山下禎啓、水下きよし)。そして天地劇場に現れる「怪人」(演・八代進一)…。梨園にまつわるスキャンダルや、タイムリーな話題性も盛り込みながら進んでいくこのお芝居に満ちている物を一言で言い表すならば、それは芝居とそれに関わる人々、皆へ対する深い愛情ということになるだろう。

すべての登場人物達が人を愛し、そしてその愛情と同じくらい、時にはそれを越えるような強い気持ちを芝居に込めるとき、人は人でありながら、人ならぬ何かを身にまとう。それが究極の役者の、そして芝居の姿なのだ。そしてその究極の姿とは、端から見た時には一種の怪異に見えてしまう、ということなのかもしれない。そのことを端的に表現しているのが「怪人」である。

芝居と役者への消えない愛情が姿を変えた形、と言える「怪人」。その前世は絶世の女形と称された、六代目宇治乃川霧であるのだが、怪異な見かけとは裏腹な、かわいらしいとさえ思えるコミカルな仕草が魅力的。浮かばれずに現世に残っているのではなく、芝居の場に居つづけたいと思う心が、細かな仕草の端々に満ちている。

すべての登場人物を男性俳優が演じるのが特徴の花組芝居。女形の場合、若手の美人俳優だろうがやり手の年増だろうが、すべてが男性なのに、舞台の上では新進の若手女優、新劇界の大スター、往年の大女優、そして梨園の妻達にしか見えないあたりはさすが。はっちゃけた可愛らしさや落ち着きが見事に表現されている(はっちゃけ過ぎて客席が唖然としてしまう一瞬もありましたけれども)。

歌舞伎を愛し、芝居を愛し続ける花組芝居にだけ可能な、「演じる」人々に対する深い愛情が満ちた舞台、それが「かぶき座の怪人」の一番の魅力だ。 |