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開演ならぬ「怪演」時刻。おどろおどろしい音楽が鳴り響く。恐ろしい演出が始まるのかと思いきや、「おじいちゃん」然とした稲川淳二氏が、猫背気味でにこやかに登場。会場からは「ジュンちゃ〜ん!」という黄色い声援。客席には唐傘オバケの被り物を着たお客さんまで居る。これから怪談が始まるとは思えない和やかなムード。ウチワを仰ぎつつ、縁側に腰掛ける稲川氏。60歳にして迎える15年目の公演テーマ、「怪談還暦」「原点回帰」のコンセプトが語られ、徐々に「稲川怪談」へと流れていく。
突如現れる怪物。突然鳴り響く轟音。思わず悲鳴があがる、恐怖の異常事態。例えばそれが「ホラー」であるのに対して、「怪談」とは、人の心の奥にある恐怖の種に着火するようなものではないだろうか。気づかなければ何でもない、日常と非日常の境目。“それ”を見つけてしまったときに襲われる、ゾクゾクする恐怖。しかしその感覚は、やがてゾクゾクする快感へと変化する。これがいわゆる、「怪談の原点」なのだろう。独特の話術によるエピソードの一つひとつが、そう物語っている。話がいよいよ「稲川怪談の原点」である「赤い半纏」に差し掛かると、観客が息を呑むのが伝わってきた。
もとになった投稿内容から察するに、舞台となったのは、恐らく戦後、あたたかな地方の寄宿舎。トイレの個室に入ると聞こえてくる「♪あか〜いハーンテーン着せましょか〜…」という歌声。その奇妙な事態を究明するため、潜入した婦人警官が「着せとくれ!」と答えるやいなや…彼女はまるで、赤い半纏を着たかのような姿に…。
稲川氏が長年かけて紐解いたという、この「赤い半纏」の真相とは、南九州、神風特攻隊にまつわる哀しい物語だった。太平洋戦争中、彼らは学校や寄宿舎を待機地とし、壁という壁、トイレの壁にまで、家族への言葉を書き残したという。息子が最期に過ごした地を訪れた女性が、それを見つけたときに…一体どんな行動をとるだろうか。
九州地方のあるお祭りでは、赤い半纏を着た人が最後尾を歩き、神様への供物を全て捧げたという証を立てたそうだ。夫の命も息子の命も奪われた女性が、自ら赤い半纏をまとったかのような姿となり捧げた、「これで終わりにしてください」という切なる願い。「稲川怪談」が、各人の頭のなかで映像化されていたのであろう。会場からすすり泣きが聞こえてくる。
第一部の最後に語られたのは、ホタルにまつわる悲しくも温かい物語。亡くなった人の魂は、時にさまざまな生物に姿を変えて現れる。霊魂不滅。これもまた、日本古来の死生観のひとつ。物語に込められた、「心」や「教え」…怪談で感じるのは恐怖だけではない。
第二部。一体感に包まれてからの心霊写真コーナーは、場内がグッと狭く感じるから不思議だ。カーブミラーに逆さに映し出された怨念の顔。現像直後はボンヤリとしていた画像が、目、鼻、口と、徐々にその姿を見せ始めた。
一方、薄暗い岸辺に見える男性の顔。もともとは真横を向いており、鼻の下まで水に浸かっていたにもかかわらず、時間とともに正面を向き、少しずつ浮んできたそうだ。これらの変化の証人は、毎年「怪談ナイト」に訪れる観客たち。そもそもは自著に載せていた心霊写真をライブで紹介したところ、掲載写真との違いに観客が気づき、騒ぎとなったという。
まさに、客席とともに築き上げられてきた稲川氏のライフワーク。言葉は交わさずとも、終演時には周りの人たちに「同志」を感じる空気が漂っていた。ツアー終了後、稲川は全国各地へ「心霊探訪」の旅へと出掛け、「話の破片」を拾い集めるという。「怪談とは考古学の壺のようなものでもある」とは、かつての彼の言葉。断片的な破片をつなぎ合わせることによって、ひとつの形が見えてくる。
今後はいったい、どんなカケラを、どんなカタチにして見せてくれるのだろうか。リピーターがリピーターを呼び、成長してきた「怪談ナイト」。まさにライブならではの「最高の娯楽」が味わえる、日常と非日常の狭間のひとときだった。
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