
|

|

日本人は、世界の中でも古くから季節の変化に敏感な民族だったりします。今回の「舞台の季」では、そんな旬にこだわる日本人だからこそ、シンパシーの湧く舞台の話を。 |
日本人が季節を重んじるのは、日本が四季の変化の明快な風土だという点が大きいと言えるでしょう。そんな日本人の周囲は常に料理、和菓子、着物、俳句、日常用語、行事、祭事など旬にまつわるもので、いっぱい溢れています。
外国の人に、日本人の趣にこだわる“WABI”“SABI”の世界に感嘆し、繊細な表現に心酔する人が多いと聞きます。それって私たち日本人にとっては自然な感覚でも、実は思っている以上に世界に誇れる大切な部分です。四季の変化のない、例えばタヒチなど常夏の国で雪の積もる冬を想起するのは至難の技。でも私たち日本人は四季の変化に恵まれた地に育ったおかげで、無意識に“旬”にこだわり微細な季節のバリエーションを大切にし、楽しむ民族になれたのです!
ロシアの詩人であり劇作家のマルシャーク(1887-1964)が発表した「森は生きている」は、まさに、そんな四季が重要なキーになる物語。舞台は真冬のロシアに幕を開け、わがままな女王が、季節外れの春に咲くマツユキ草を欲しがります。4月であれば“旬”の花であるマツユキ草も真冬の1月に咲いているはずもなく…それをヒロインの少女が12か月の精霊たちと出会うところで、物語は転がります。
この物語が発表されたのは今から、ちょうど60年前。今の日本なら、物語のわがままな女王の注文も、精霊たちの魔法を借りずとも、科学の進歩で、あっ!という間に解決できてしまいます。この「森は生きている」の物語の世界に流れている自然の法則に根付いた讃歌の気持ちは、現代では確実に薄れてきている気がします。
それでも文学は、例え描かれる世界が過去になろうとも普遍的に語り継がれます。でも私たち、生身の人間の感覚は時代とともに確実に変わり続けていくのです。世界に誇れた日本人の繊細で鋭敏だった感覚も、残念なことに四季の移ろいにさえも昔の人ほどには無頓着になりつつあるのが現状です。
時代の流れによる進歩と利便さに埋もれがちな私たち現代日本人。でも、まだまだ季節にこだわり、旬を楽しむ繊細な感性は失われきってはいません。日々の生活の中で今後は、より四季を“意識”し、感じることが、古来、受け継いできた繊細な資質を未来の日本人へと繋ぐ私たちの役目だと思うのです。
さて、この夏、神戸新オリエンタル劇場にてミュージカル「森は生きている」が公演されます。マルシャークが創り出した物語の世界から、忘れつつある季節への想いを存分に感じてみてください!
|
| text
& Illustration/ Taro Kasai |
 |
| ◆プロフィール |
笠井太郎
(TARO KASAI)
ライター&イラストレーター
札幌生まれ東京在住 |
 |
創形美術学校卒業後、松竹シナリオ研究所を経て
市川崑監督の下に学ぶ。
その後、企業コピーライターなどを経て現在に至る。 |
|
|
| [バックナンバーを見る] |